見たまま歌舞伎随筆

平成生まれ。素人視点で思ったこと、気付いたことを綴ります。

令和元年五月 團菊祭 昼の部(1)

令和に元号が改まっての初観劇。客が呼べる海老蔵だけあって平日でも女性客が沢山。

来年の襲名が楽しみだ。

さて昼の部は、『曽我対面』・『勧進帳』・『め組の喧嘩』と時代物・所作事・世話物と観客へ真っ当で親切な狂言建て。この順番でないとくたびれる。

最初は『対面』。松緑の工藤に、萬太郎の五郎・梅枝の十郎兄弟。この配役は実に感慨深いものがある。というのは自分と同世代の萬太郎が、歌舞伎の根拠地である”歌舞伎座”の本興行でシンと言えるような役を勤めているからだ。

これまで見た五郎役者は、三津五郎吉右衛門橋之助(現・芝翫)・松緑・彦三郎らで、自分にとっては歳上の役者たち。自分もそれだけ芝居を見てきたのだなあ・・の気持ちと、これからは下の世代をシンに据えた出し物が増えること、自身が齢を重ねたことで従来の芝居の個人的見方や質がどう変わって行くのだろうか・・という思いがある。

萬太郎の五郎は、甲声をよく意識して「荒事」の役柄を楷書で丁寧に描こうとしている点が好ましく思った。

ただ筋書きのインタビューで「感情で血気盛んに突っ走っていると、最後まで体力がもちません。力の配分に気をつけながらも、お客様にスカッとしていただけるような五郎を目指して、荒事らしさを全身で表現できるよう勤めたいと思います。」との言葉には、三十歳の若者が体力の配分を考えて芝居をするのかとガッカリ。(ましてや歌舞伎座という地なら、全身全霊をかけるべきでは?せめてインタビューにはそう答えてもらいたかった。それとも私が些か”歌舞伎座”を神聖視し過ぎなのか・?)

これが還暦を過ぎ、何度も五郎を勤めた役者が言うのなら尤もだが・・・。

この一幕を見終えた後に、インタビュー記事を読んだ。なるほど、今一歩敵工藤を目の前にして鬼気迫るものを感じられなかったのはこの心持ちのせいかと納得。

なにか萬屋特有の良く言えばおっとり、悪く言うと消極的姿勢を感じずにはいられない。

 

この幕で嬉しかったことがある。鷹之資の八幡についてで、富十郎ファンとして劇場へ通った学生の頃、鷹之資は幼かった。それが今ではあちらが大学生・・・ご立派になられました。劇中わずかのセリフだが、ちょっと他の人とは違う。ハラが強く、義太夫をよく稽古しているのが一目瞭然。感動のあまり目頭が熱くなった。

右近の虎、米吉の化粧坂歌昇の朝比奈と若手台頭著しい一幕だった。

 

令和元年五月 團菊祭 昼の部(2)へ続く